2023年9月16日に、大杉榮と伊藤野枝、橘宗一君が虐殺されてより丁度100年を迎える。
これを機に、改めて生前、大杉榮が遺した志を顧み、彼の偉業を讃えつつ、現代社会へも疑問を呈したい。
それに、伊藤野枝100年プロジェクトは存在するのだが、なぜか大杉榮100年プロジェクトが無い。
これは由々しき事態である。
無いならば、私がやればいい。
来年には大学生になっているはずだから、何かイベントを企画することも可能だろう。
是非追悼式を行いたいものだ。
云々。
追記(2023年10月27日)
何も、大杉榮のことを忘れていたわけではあるまい。このサイトのことを忘れていたわけでもあるまい。いや、なんとなく、大杉榮の墓へ行って花を手向けたところで、天からせせら笑う声が聞こえてきそうな気がした。ははっ。言い訳だな。いやはや、私は当日ちゃんと哀悼の意を表明したわけだが。どうせなら大杉榮読書会でもやりたかったが、生憎筆者のコミュ力の無さと学力の無さによって大杉榮仲間がいない。思い当たるのは栗原康氏くらいで、かといって栗原康氏とコンタクトを取る勇気も無く、ただただぼけ~っと生きてるうちに、10月が終わろうとしていた。