オルタナティヴ古典主義学団

Alternativ Klassizistisch Kreis

気分はもう焼き打ち

 栗原康『現代暴力論』の帯が良い。著者近影と共に、「気分はもう焼き打ち」とでかでか書かれている。めっちゃいい。かっこいい。欲しい。パソコンに貼りたい。そう思うのも当然であろう。だがこの本、どこにも売ってない。取り敢えず京阪神の大型書店には置いてない。とことん置いてない。なぜだ。2015年の新書だからか。にしてもhontoとe-honにも無いなんてことあるか?

 消されたか……

 角川書店などという超大手(皮肉)から出したからか。

 かなしい。帯付きの『現代暴力論』をどこかで見かけた方は即刻連絡ください。送ってください。お願いします。

 ところで、最近のネット書店には、作品情報の後ろに口コミがついていることも多い。私はこんな口コミなんか読んで買う本を決める奴は馬鹿だと思うが、なんと!この『現代暴力論』、徹頭徹尾肯定的な口コミがひとつもない!勿論、徹頭徹尾賛辞!なんてのは著者に隷属しているだけで、あまり価値のない読み方だとは思っているが、にしても少しは全面賛辞な感想があるもんだと思っていた。というか、私は勝手に栗原康が今一番人気の政治学者だと思っていたので、的外れな批判口コミの数々にドン引きした。的外れってのは、少なからず口コミ筆者からアナキズムへの偏見が読み取れた場合だ。それと理想論だとか、口調が間抜けだとか、なんか悪いか?って言いたくなるような批判。さらには、栗原康はアナキストでテロリストだと、それが当然悪いことであるかのように書かれた文章。ちょっとちょっと世間、遅れてねえか?と思ったが、世間って単位でものを見るのはよくないな。いや、しかし驚いた。アナキズムって思ってるより、否定的な言葉なんだな。そういや教育原理の教員も「アナキズム」を悪い意味でしか使ってなかった。当然のように「アナキズム」は駄目だって言ってて、呆気にとられた。アナキズムがこんなに受け入れられてきてるなら、私やることねえなあ~なんて吞気に考えていたが、呑気すぎた。基本古代にしか興味がねえ人間だから、現代一般社会のことをまーた忘れちまってたぜ。もう少し現代の政治にも関心を持って行きたい。まあ私が古代ばかりで現代社会に興味を持てないのにも理由があるのだが……それはまた今度。明日はまた6時に起きて満員電車こと奴隷船に揺られて行かなきゃなんねえ。教養教養糞食らえ!学びたい学問を学ばせろ!大学は学生と教員の自治の場だ!学問の価値を数値化するな!人文学こそ人生!

 気分はもう焼き打ち!